偽の中に真在る事もまた現実也

「今日、2時からだったな」
「えぇ、そうです」
同僚と上司の会話である。
「あれ、今日会議か何かありましたっけ?」
「ワールドカップだよ」
「あぁ。2時って26時のことか」
「そうそう。ってかたまにはワールドカップでも観たら?」
 確かに、ワールドカップは“たまに”しかやらない大会だろう。しかし、そうした会期的レアさを観戦の動機付けとするのは如何なものか。

 善光寺は7年、長照寺の千手観音に至っては33年に一度の御開帳(もっとレアな寺は全国に山ほどあるだろう)だぞ。こういうことには興味の欠片も無いくせによ。まぁオレもないけど。


〜前回までのあらすじ〜
 米帝の某動画置き場に於いて、これまで蒐集したはいいが変換(再エンコード)処理で幾許かの画質劣化を余儀なくされた状態のファイルで保存していたことを悔いた私は再蒐集すべく尽力することを自らに課したワケだが・・・。

 困ったことはリネーム。一部不正確だと思われるファイル名をリネームしたのだが、リネーム後のファイル名を元に検索しても一向に目的のモノがHITしないのだ。

 検索に於いて、ネット上のインデックスの正確不正確は意味を為さない。アーティスト名のスペルを間違ったモノの中にレアファイルがあったりすることも少なからずあるからだ。

 揚げた者のスペルミスも考慮しつつ検索することが検索勝ち組への第一歩だと思っているし、実際そこにネットに於ける情報戦の偶発的で不確実な面白さが介在していると思っている。

 それにしても、どうにもHITしないモノがあるのが悔しい。もしかしたらとうに削除されてしまったのかも知れない。逆に、以前は無かったモノが発掘されたりもしているワケで。

 ここは、悔しさと嬉しさを相殺させて着地点を探るしかないようだ。とはいえ、変換後のファイルは残っているのだから、そう落胆する必要もないのかも知れないが。